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世間ではお休みなのに・・・

11月の1日といえば、トゥ・サン(全聖人節)、

日本のお彼岸のようなもので、

フランス人もこの日にお墓参りをすることが多い。

同時にひとつの節目として、今週あたりに学校、ふつうの大学は1週間ほどの休暇に入る。


ところがうちの大学院、全然休みなし。

今年はトゥ・サンが日曜にあたってしまったこともあり、祝日としてもなーんにもなし。

(フランスは振り替休日がない)

それどころか今週は中間試験があって、

トゥ・サンの前日の土曜日(つまりハローウィン)にまで入ったりしている・・・。



授業の大変さといったら筆舌に尽くしがたいほどで、復習が必要なのはもちろんだけど、

準備のほうも相当に大変。

ひとつの授業ごとに30ページから100ページほどの資料を読んでいかなければならない。

私なんて目を通すだけでやっとだけど、

本当は精読した上でディスカッションに参加しなければならない。


けがの痛みと痛みから来る疲れで集中するのが難しく、常にヘトヘトな私。

おまけに授業がなぜか早朝か、夜に多いのでそれも体調管理が難しい理由のひとつ。

月曜の夜は10時近くに帰宅して、ごはんを食べて(夕食は昼間のうちに用意して行く)

予習して、翌日の朝は7時に出て行く。

(ピヨちゃんにあまり会えないのがツライ 涙)

余分な日が一日でもあれば楽なのに・・・。


四苦八苦しているのは実は外国人の私だけではなく、

フランス人学生も常に勉強に追われている。

昼休みもなく、授業の合間は15分の休みで

しかもサンジェルマン界隈に点在する校舎を移動するので、

お昼はサンドウィッチ、おしゃべりはその移動の間のみ、といったところ。


我が家の近所にはパリ大学のひとつがあるのだけど、

そこの学生達がちょっと個性的なおしゃれを楽しみ、

お昼や放課後にカフェにたむろしているのとは大違い。


法科大学院の学生達は勉強ひとすじ。

それでも徐々に知り合いもでき、授業も面白くなってきた。



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[ 2009/10/28 09:37 ] 大学院生活 | TB(0) | CM(2)

トナちゃんの点心

最近買い物はトナちゃんが週末に中華街に買出しに行き、

週の間に私が近所のスーパーで足りないものを買っている。

肉や新鮮な野菜、果物のほかに、トナちゃんは毎回新しい食材を買ってきて試すのが楽しみらしい。

彼が本格的な中華を作ってくれるので、中華レストランに食べに行く気にはならないけれど、

ときどきロンドンにあった、香港スタイルの飲茶がなつかしくなる。

旧植民地の関係でフランスの中華レストランはベトナム系が非常に多い。


そんなことを考えていたら、この前の週末、彼が点心をつくってくれた!

料理に没頭して何時間も台所にこもっていることもあるけれど、

このときはわりと、ちゃっちゃと作っていて、この仕上がり。

DSCF0960.jpg



小龍包は皮から作っていた。

芭蕉の葉を買ってきて(本当は笹だけど?)、粽も手作り。

もち米に中華ベーコンやソーセージを入れただけらしいけど、とってもおいしかった。

DSCF0964.jpg


一番手がかかったのは実は鶏の足で、まずさっとゆで、マリネ、炒めて、最後に蒸して、と

前日から準備していた。

残念ながらこれはちょっと塩味がききすぎていたけど、後はどれも見事なできばえだった。

ごちそー様。



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[ 2009/10/23 23:01 ] トナちゃん | TB(0) | CM(2)

フランスの看護婦さん

さて、すでに日も経ちますが、相変わらず痛いです。

でも「腐ったサラミ(!)のようだったのがようやく指らしくなってきた」(トナちゃん談)そうです。


退院後は傷が治るのをただ待つのみ・・・なんていう簡単なものじゃありません。

看護婦さんに会って、1日おきに包帯を替えてもらわなければなりません。

「どこで」?

日本だったら、当然、病院と考えるでしょうね。

看護婦さんは病院にいるもの。



しかし、フランスでは独立開業の看護婦さんが多いのです。

これも今回まで知らなかったシステムでした。


以前読んだ須賀敦子さんの「コルシア書店の仲間達」という本の中で

ユダヤ系ハンガリー人医師とそのイタリア人の妻という夫妻が登場し、

第2次大戦の様相が厳しくなるころ、夫人は娘と共に国籍のあるイタリアに帰り、

ハンガリーから亡命してくる夫を看護婦の仕事をしながら待つくだりがあります。

そもそもブルジョワ階級出身の夫人が看護婦の資格を持っていたのは

上流子女の慈善行為として赤十字病院で働いていたからで、

「家々を廻って注射をする、人の嫌がるような仕事」で生計をたてる夫人の姿が

現在の優雅な生活の対極として描かれています。

その寂しい描写と訪問看護婦の姿は、

いかにも遠い昔のイメージとして私の中に残っていました。



ところが、フランスの看護婦さんは現在も「訪問専門」の人が多いのです。

授業の合間に通えるよう、学校のそばでさがそう、なんて安易に考えていたら、

キャビネ(診療所)もなかなかないし、あっても11時から13時まで、などと

時間に制限がありすぎでうまくいきません。

結局近所のアソシエーションに連絡して看護婦さんを派遣してもらうことになりました。

毎回人が違うのでは経過も見守れないし、

毎回説明しなくてはいけないから困る、と思っていましたが、

2人の女性が交互で来てくれるので安心です。



夕食時になるのがちょっと落ち着かないんですが。

あと、授業に追われて掃除をおろそかにできないのも辛いところですが、

こちらのほうは慣れてきました。


最初に学校そばのキャビネに行ったときの看護婦さんが

50歳前後で、地味な格好で母性的なタイプで、

なんとなく看護婦さんのイメージにぴったりだったんですが、

この二人はかなり違います。

両方とも親切、有能な点は変わりませんが、

一人は20代前半、もう一人は40代、いつもとってもおしゃれをしています。

特に40代の女性なんか、髪は手入れの行き届いた明るい金髪、

ミニスカートに模様の入ったタイツにハイヒールのブ-ツ、

といういでたちで颯爽と現れ、

高級化粧品や宝石の訪問販売、といわれてもおかしくない感じです。

この人たち、お給料はかなりいいのかもしれません。

ちなみに、訪問の場合は、キャビネで処置してもらったときの倍額、

一回、3500円くらいです。

これを週3回。

保険でカバーできなかったら恐ろしいことになっています。


今週からキネジテラピー(リハビリ)もはじまりました。

これも週3回。

こちらは自分から行かねばならず、包帯を取って行うので包帯替えの日程とも

あわせなければならず、しかも終わったあとはやはり痛みが増してくる・・・。

これを後3ヶ月は続けなくてはなりません。


私の時間とエネルギーは益々吸収されていくのでした・・・。




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[ 2009/10/22 07:43 ] パリの日々 | TB(0) | CM(0)

入院中の食事

病弱ながらも入院、手術という経験はお産のときしかなかった私。

思いがけない展開にショックを受けて

家族のこと、大学院のこといろいろと心配したものの、

とりあえずピヨちゃんはクレッシュやパパ、週末に来てくれたパピ(おじいちゃん)

のおかげで元気に過ごしていた。

わたしのほうがピヨちゃん恋しさにメソメソしながらも

「こうなったらここにしばらく居るしかないんだ」

と覚悟を決めてみれば

入院生活ははっきりいって


快適

の一語(笑)。


特別病棟だったので個室に入れられたのが最も大きな要因。

これがいかにも病院の大部屋だったりしたらかなり耐えがたかったかもしれない。

私はお産のとき公立病院に空きがなくて私立に入院したのだけれど、

フランスでは無料出産だと思っていたら思いがけない出費になって、

個室はさらにすごい値段だった(ようにおぼえている)。

スタンダードは2人部屋で、相手はいい人だったけれど、

私は産後で誰とも口を利きたくないほど疲れていたし、

母子同室で、母子両方にいろいろな検査があって

見舞い客も含め30分ごとに誰かが入ってくるというような感じで全く休めなかった。




今回私が入った真新しいこぎれいな病室の壁には木も使われていて、

一日をすごしていてもとても心地よかった。

サイズにもかなりゆとりがって、申し込めばテレビも見られるし、トイレ、洗面所も部屋についていた。

術後の経過を見守るための入院だったので

朝のチェック、包帯替えや時折の血圧測定などを除けばかなりほうっておかれていた。

同室者が居ないから

電気も好きなときにつけたり消したりできる。

携帯電話使用も自由。

基本的には薬の影響もあってうとうと過ごしていたけれど、

調子のいい日に遅くまで勉強していても消灯をうるさく言われることもなく、全く自由だった。




主婦にとって、子供のいる者にとって、

こんな環境、普通だったらぜったいにありえない。

実家に転がり込んだところで、家事は助けてもらえても

子供の世話だのなんだのとやっぱりいろいろとあるわけで、

もちろん激しい痛みと戦いながらだけれど、

ベッドに一日いながら、誰かが毎日お掃除して、シーツ換えしてくれて、

勉強だけして好きなだけ寝る、なんて

ありがたい環境。

・・・って、ここまでだったらホテル暮らしと変わらないが、

3食ベッドに運んでもらえるところがさらに素晴らしい(笑)。

この病棟には内臓系の病人は居ないわけなので

給食も普通のものが出るんだろうな、と予想していたけれど、

本当に病人食という感じでなく、ボリュームがあって、とってもおいしかった。





朝食はフランス式だからタルティヌ(パンにバターやジャムをぬったもの)に

カフェ・オレ、ホットショコラくらいだけど

このカフェすら、びっくりするほどおいしかった。

日曜の朝はもちろんクロワッサン(笑)。


昼食、夕食は

前菜、メインの温かいディッシュに副菜、パンにチーズ、デザートというフルコース。

デザートもアップルパイやレッド・ベリーのシャルロットなど、

ちゃんとしたケーキが出たりした。


指の怪我だけど、左手全体に包帯が巻かれていたから、

ケア・テーカーさんがパンを切ってバターをぬってくれたり、お肉を切ったりしてくれるのだ。

なんだかピヨちゃんになった気分でちょっと恐縮。


ラムのタジヌ(モロッコ料理)が出たり、鴨のオリーブ煮が出たり、

メニューを書いた紙と共に運ばれてきて

トナちゃんもうらやましがるほど。


DSC00020.jpg
鴨は骨付きモモ肉だったけど、きれいに骨をとってくれた。
デザートはアプリコットのタルトレット。


食事の質がさらに向上したのは週末のシフトのケア・テーカーさんが到着してから。

レストランでオーダーを取るときに使う機械を持ってきて、

翌日の日曜の食事を

前菜、メイン、デザート、チーズの種類まで3-4種類の選択肢から聞いてくれたのだ。

「あら、日曜だけは特別なの?」

ときいたら私の包帯を替えていた看護婦さんは不思議顔。

「いつだってこれくらいの選択肢はあるわよ。」

ここは大学病院なので、インターンだけでなく

平日は大学2,3年生も看護士見習いの実習で来ているのだけど、

どうやらこの人たちが手抜きをしていて、きいてくれなかったらしい。

楽しく、陽気な若い人たちが出入りして、かなりなぐさめられたけど

やっていることはかなり心もとなかったのだ。


ところでこの週末のケア・テーカーさん、

こわもて黒人女性で自毛なのかつけ毛なのか、

メッシュを入れて、たくさんの細い三つ編みにした髪が腰下まであって、

つめは長いスカルプで、日本だったら「医療系でこのかっこはどうよ?」

といわれそうだけど(笑)

じつにきっちりと仕事をこなしてくれた。

DSC00026.jpg
マッシュルームのポタージュに、白身魚のムニエル。給食とは思えない仕上がり。
食後のチーズは食べきれないのでこの日はフロマージュ・ブランを選択。
フレッシュ・チーズの一種だけど、砂糖などを入れて甘くして食べるのが普通。
デザートは洋ナシのチョコレート・ソースがけ。




ちなみにお産のときはメイド姿(!)の女性が食事を運んできたものだけど、

帝王切開だったため、隣の人が豪華な食事を食べるのを横目に

私はスープなどの制限食に甘んじなければならなかった(涙)。




最近忙しくてゴハンを食べる暇もないほどだったから、

毎回食事を楽しみにして、ゆっくり味わって食べる、なんて久々の経験。

動かずにたっぷりと食べてふとるかな、と思いきや、

退院後ぐっと体重が減って頬もこけていた(汗)。

間食しなかったのがいけないのだろうか?

でも不思議とお肌は改善したから栄養状態は良かったのだろう。



ともかく、今回の優雅な個室生活は、保険でカバーされるはずだからありがたい。

退院直後この病院から書簡が届いたので「請求書!?」とおもったら、

さらなるサービスの質向上のためのアンケートへのお願いだった。


公立病院万歳。



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[ 2009/10/13 18:07 ] パリの日々 | TB(0) | CM(4)

入院中の面会

幼児の立ち入りが禁じられていて

トナちゃんも私とゆっくり面会することもできない、という状態だったので、

土曜にはシルヴィーがトナちゃんと待ち合わせてお見舞いに来てくれ、

交替でピヨちゃんをみながら面会してくれた。




ピヨちゃんはとってもいい子にしていて、電話をすると、

「ボンジュー、ママーン」

「オブアー、ママーン」

と明るく答えてくれた。

でもなんで私がいないのかわかっているらしく、

自分の人差し指を指して「ママン、セ・ボボ(ママはここがイタイの)」と言っていたそう。




この日も

「オブアー、ママーン」と笑顔で帰っていくのがよけい切なかった。

私は退院が週明けまで延びてしまったのがショックで

土曜はかなりおちこんでいた。


シルヴィーが待合室で携帯で撮ってくれた写真を見ては涙に暮れてすごした。


DSC00013a.jpg



料理もピヨちゃんのお世話も完璧にこなすトナちゃんだけど、

週末もピヨちゃんと二人きりというのはつらかったらしく、パパに応援を要請。

トナちゃんのパパが(渋滞も含め)4時間もかけて土曜の夜到着、

日曜に一緒にお見舞いに来てくれた。

この日は私も外に出て少しゆっくりすることができた。

DSC00024.jpg

トナちゃんにそそのかされ、パピ(おじいちゃん)にヘアピンを付けてあげようとするピヨちゃん。


わざと(?)なんどもためしては

「サ・マルシュ・パ!(うまくいかなーい)」

を連発(笑)。


よく見るとドレッシーなピンクのドレスにパッチワークのあたったジーンズ!?

ぼへみあ~んなコーディネートはパピとトナちゃんの合作らしい(笑)。






本当に、こんな痛い思いをしているのがピヨちゃんでないことだけが救い。

DSC00021.jpg



この笑顔にどれだけなぐさめられたことか・・・。




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[ 2009/10/09 18:54 ] パリの日々 | TB(0) | CM(0)

入院してました・・・。

前回の記事で、

「これくらいの怪我で騒いじゃって申し訳ないわ~」って感じに書きましたが、

その後たいへんなことになっておりました。

麻酔が切れた後の痛みも陣痛並みのすさまじさで、

強い痛み止めもきかず何時間ものたうちまわったあげく

SOSメディサンという往診してくれるドクターを夜中によんだほどでした。

そのドクターも痛みには同情してくれたものの

痛み止めを飲みすぎていたので注射をうつこともひかえ

初期処置は済んでいるということで特にできることもなく、帰りました。



実はこの初期処置があまり適切ではなく、

数日後私の指はひどい状態になってしまいました。

フランスでは専門医に診せる前に一般内科医に診せてから紹介状をもらわなくてはいけません。

その内科医も

「これはひどい。病院に行かないと」

とは言ったものの

「今日はもう遅いから明日どこかの病院の予約をとるように」

と指示。

翌日どこでも予約が取れず、トナちゃんの同僚のアドバイスで

12区のサンタントワヌ病院の手の専門科がある緊急医療に駆け込んだら、

「なぜ、もっと早くに来なかったのか」

と驚きあきれられ、

即刻手術、入院になってしまいました。

今回のことでは私の新学期や、トナちゃんのおばあちゃんの不幸などが重なって

いろいろと手遅れになってしまい、

「あの時、こうしておけば・・・・」

なんて悔いはつきないのですが、

これが何かの罰だとしたら

入院中ピヨちゃんに思うように会えなかったのが

これ以上の罰はない、というくらいに辛かったです・・・(涙涙涙)。

私の傷がひどく化膿していたために感染症の恐れあり、として特別病棟に入れられ、

幼児の出入りが禁じられていたのです。

後半、私がエプロンをつけて病棟から短時間出る分には面会もOK

ということがわかりましたが、

それまではピヨちゃんを抱えたトナちゃんが面会に来るのにも一苦労でありました・・・。




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コメントありがとうございます。
ゆっくりお返事いたします・・・。
[ 2009/10/01 07:00 ] パリの日々 | TB(0) | CM(4)
プロフィール

tamaho

Author:tamaho
ドイツでの学業、
ロンドンでの会社勤めを経て、
2007年6月にパリに移住。
2007年9月に長女ピヨちゃんを出産。
2012年1月に次女ポヨちゃんを出産。
お仕事は、
展覧会の企画、運営、翻訳、サロン通訳などしつつ
まったりと育児優先。

結婚11年目の夫トナちゃんとの
共通の趣味は
料理することと、食べること!

コメントとってもお待ちしています。

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